ゴルフの季節がやってきました!最新ゴルフグッズをチェックして、ゴルフ場へ!

男子ゴルファー

古田幸希(ふるた こうき)

古田幸希(ふるた こうき)

ニックネーム;ぽっちゃり王子
所属:十和田国際カントリークラブ
生年月日:1992/06/22
身長:171cm
体重:78kg
血液型:A型
出身地:青森県
学校:三沢市立第一中学校 3年
得意クラブ:パター
ゴルフを始めた時の年齢:2歳
ゴルフを始めた動機:父の影響
ドライバー平均飛距離:270ヤード
ベストスコア:66(十和田国際CC)
目標とする人:タイガー・ウッズ

2007年に発足した「チーム・ジャパン・ジュニア」メンバーの古田幸希。
同年の東北アマでは、最終ホールまで優勝争いを演じて、2位に入ったほか、日本アマではベスト32入りを果たし、潜在能力の高さを証明しました。
青森出身の古田は、雪のためにプレーが出来ない冬の間に、走り込みなど筋力トレーニングを行う努力家でもあります。
パットを得意としており、安定感のあるプレーが魅力の将来有望な選手です

前粟蔵 俊太(まえあわくら しゅんた)

前粟蔵 俊太(まえあわくら しゅんた)

前粟蔵 俊太(まえあわくら しゅんた, 1990年4月16日生まれ)
沖縄県出身のゴルファー。

石垣第二中学在学中に日本ジュニアゴルフ選手権競技12~14歳の部を連覇した前粟蔵俊太(まえあわくら しゅんた)。

高校進学後の2006年には、英国(HeswellGC)で開催されたジュニアオープンゴルフ選手権に日本代表として出場し、12位タイの成績を残しました。

2007年春の全国高等学校ゴルフ選手権では、139ストロークで2位に4打差をつけて初優勝と輝かしい実績を残しています。

175センチ・70キロの恵まれた体格から放たれるドライバーショットは、平均280ヤード。

堅実なプレーで着実にスコアをまとめる選手です。

石川 遼(いしかわ りょう)

石川 遼(いしかわ りょう)

石川遼(いしかわりょう1991年9月17日生まれ)
埼玉県出身のゴルファー。
杉並学院高等学校 1年(2007年時点)

ゴルフは6歳から始める。
きっかけは父につれられて練習場に行ったことから。
得意なクラブはサンドウェッジ。
中学時代は陸上部にも所属しながら、ゴルフの練習を積み重ねた。

2007年にマンシングウェアオープンKSBカップで史上最年少優勝を果たし、そのあどけないスマイルに「はにかみ王子」と呼ばれる。

目標とするのはタイガー・ウッズ。

使用しているクラブのメーカーは「ソリッドコンタクツ」で小売店での販売を行わず1点ずつフィッティングを行って作られているクラブだそうです。

好きな女性のタイプは?
落ちこんだり、苦しんだりしているときに支えになってくれるような人。

好きな漫画(マンガ)は?
千里の道も 1 (1)


■2007/05/21時点の戦績
2007:マンシングウェアオープンKSBカップ 優勝 日本ツアー最年少優勝
2007:JJGAロレックスジュニアゴルフチャンピオンシップ 2位 男子15〜18歳の部
2006:国民体育大会少年男子の部 4位 T
2006:日本ジュニアゴルフ選手権競技 男子12歳〜14歳の部 5位 T
2006:日本アマチュアゴルフ選手権競技 CUT 91位 T
2006:関東アマチュアゴルフ選手権競技 7位 T
2006:全国中学校ゴルフ選手権競技 3位
2005:日本ジュニアゴルフ選手権競技 男子12歳〜14歳の部 7位 T
2005:全国中学校ゴルフ選手権競技 優勝
2005:関東ジュニアゴルフ選手権競技 2位 T
2005:関東中学校ゴルフ選手権競技 優勝

トム・ワトソン

トム・ワトソン

トム・ワトソン(Tom Watson, 1949年9月4日生まれ)
アメリカ・ミズーリ州カンザスシティ出身のプロゴルファー。

1975年に全英オープンで優勝し、米国中で有名になった。
さらに1977年のマスターズでは帝王ジャック・ニクラスと熱戦を展開し、みごと優勝を決め、全英オープンにも優勝して年間2冠を獲得した。
1981年にマスターズで4年ぶり2度目の優勝を飾る。
1982年の全米オープンで初優勝を果たし、続く全英オープンも制覇してメジャー大会に2連勝。
1983年の全英オープンで大会2連覇を飾ったが、全英オープンを2連覇した選手はそれから23年後のタイガー・ウッズまで現れなかった。

メジャー通算8勝を挙げて“新帝王ワトソン”と呼ばれたが、1983年の全英オープンを最後にメジャーの優勝から遠ざかる。
全米プロゴルフ選手権では1度も優勝できずに終わったため「キャリア・グランドスラム」は達成できず、3冠王にとどまった。

コスタンティノ・ロッカ

コスタンティノ・ロッカ

コスタンティノ・ロッカ(Costantino Rocca, 1956年12月4日生まれ)
イタリア・ベルガモ出身のプロゴルファー。
身長175cm、体重87kg。

イタリア人のプロゴルファーとして、唯一ライダーカップのヨーロッパ選抜チーム代表選手に選ばれた経験を持つ、当地最大の選手である。
ゴルフのメジャー大会でも2度優勝争いに加わったが、1995年の全英オープンと1997年のマスターズで優勝を逃した。
ヨーロッパ・ゴルフツアーで通算5勝を挙げ、ライダーカップには1993年、1995年、1997年の3度出場した。

コリン・スチュアート・モンゴメリー

コリン・スチュアート・モンゴメリー

コリン・スチュアート・モンゴメリー OBE(Colin Stuart Montgomerie OBE, 1963年6月23日生まれ)
スコットランド・グラスゴー出身のプロゴルファー。

1993年から1999年まで「7年連続」でヨーロッパ・ゴルフツアーの賞金王(賞金ランキング1位)の記録を樹立した選手。
2005年に6年ぶり8度目のヨーロッパ・ツアー賞金王に輝いた。
世界ランキング自己最高位は3位。
名前の長さから、ゴルフの競技仲間たちやテレビ解説者にも“Monty”(モンティ)と呼ばれている。
ヨーロッパ・ツアーでは通算「37勝」を挙げているが、アメリカPGAツアーでは1度も優勝がない。

フィル・ミケルソン

フィル・ミケルソン

フィル・ミケルソン(Phil Mickelson, 1970年6月16日生まれ)
アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴ出身のプロゴルファー。

2004年のマスターズ・トーナメントで悲願のメジャー大会初優勝を飾り、以来通算「3勝」を挙げている。
左利きの選手で、ゴルフファンには“The Big Lefty”(ビッグ・レフティー)と呼ばれている。
日常生活は右利きだが、本人の言葉によれば「幼い頃に父親のスイングを正面から見て覚えた」ため、ゴルフに限っては左利きにしている。

ラリー・マイズ

ラリー・マイズ

ラリー・マイズ(Larry Mize 1958年9月23日生まれ)
アメリカジョージア州出身のプロゴルファー。

主に米国のゴルフツアーで中心に活躍するプロゴルファーである。
1987年の「マスターズゴルフトーナメント」ではグレグ・ノーマン、セベ・バレステロスを相手にプレーオフの末、優勝した事で有名となった。
また、日本のゴルフツアーに招待された選手としても何度か出場した。
中でも1988年の「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」で優勝し、「ダンロップ・フェニックス選手権」では1989年と1990年の2連覇を達成した。

トミー・ボルト

トミー・ボルト

トミー・ボルト(Tommy Bolt, 1918年3月31日生まれ)
アメリカ・オクラホマ州出身のプロゴルファー。

1950年代から1960年代にかけてアメリカツアーで活躍した。
特にショットテクニックの評価が高く、専門家にも認められているところだが、失敗すると瞬時に逆上する短気ぶりから、“瞬間湯沸かし器”と称された。

ベン・ホーガン

ベン・ホーガン

ベン・ホーガン(Ben Hogan、1912年8月13日 - 1997年7月25日)
アメリカ合衆国テキサス州ダブリン出身のプロゴルファー。

11歳からキャディを始め、1931年に19歳でプロゴルファーとなった。
ホーガンはその現役時代における最強のゴルファーで、かつ、ゴルフ史を通じても屈指のプレーヤーに数えることができるというのが、彼に対する大方の評価である。

「The Hawk (鷹)」の異名をもつホーガンは、確かなゴルフの技術に裏打ちされた強固な意志と果敢な決断力を持っていたため、しばしば対戦相手を身動きできないほどに畏縮させたと伝えられる。
また、ホーガンは競技中、ほとんど言葉を発することがなかったともいわれる。

ウォルター・ヘーゲン

ウォルター・ヘーゲン

ウォルター・ヘーゲン(Walter Hagen, 1892年12月21日 - 1969年10月5日)
アメリカ・ニューヨーク州ロチェスター出身のゴルファー。

競技ゴルフを確立した往年の名選手のひとりとして知られる。
ほぼ同時代にプレーしたボビー・ジョーンズが生涯アマチュアを貫いたのに対して、へーゲンはプロゴルファーとしてキャリアを送った。

敬称として「ザ・ヘイグ」(The Haig)と呼ばれた。
プロスポーツ選手として、生涯に100万ドル以上を稼いだ選手はヘーゲンが最初だと言われている。

ゲーリー・プレーヤー

ゲーリー・プレーヤー

ゲーリー・プレーヤー(Gary Player, 1935年11月1日生まれ)
南アフリカ・ヨハネスブルク出身のプロゴルファー。

メジャー大会に通算9勝を挙げ、男子ゴルフ史上3人目の「キャリア・グランドスラム」達成者となった。
アフリカから登場した最初の本格的なプロゴルファーとして活躍してきた、ゴルフ界を代表する偉人の1人である。

ジム・フューリク

ジム・フューリク

ジム・フューリク(Jim Furyk, 1970年5月12日生まれ)
アメリカ・ペンシルバニア州出身のプロゴルファー。

2003年の全米オープンゴルフ優勝者である。
世界ランキング自己最高位は2位。

995年の「ラスベガス招待選手権」でPGAツアー初優勝。
1997年と2004年を除き、毎年PGAツアーに1勝ずつ挙げるペースを維持してきた実績を持つ、堅実なタイプの選手である。

トーマス・ビヨン

トーマス・ビヨン

トーマス・ビヨン(Thomas Bjørn, 1971年2月18日生まれ)
デンマークのプロゴルファー。

当地のプロゴルファーとして、初めて国際的なレベルに躍進した選手になる。
これまでにヨーロッパ・ゴルフツアーで「8勝」を挙げる。
アメリカPGAツアー大会の優勝はないが、日本のダンロップ・フェニックス選手権で1999年、2003年の2度優勝した。

2001年3月初頭にアラブ首長国連邦の首都ドバイで行われた「ドバイ・デザート・クラシック」の優勝で世界的な知名度を獲得した。
この時ビヨンは最終ラウンドの最終組をタイガー・ウッズと一緒に回っていたが、最終18番ホールでウッズが第3打を池に入れたため、ビヨンはウッズを逆転して初優勝を飾った。ウッズは最終日を首位でスタートした場合、逆転負けすることがほとんどない選手であるため、ビヨンは“タイガーに勝った男”としてゴルフファンの賞賛を集めた。

パドレイグ・ハリントン

パドレイグ・ハリントン

パドレイグ・ハリントン(Padraig Harrington, 1971年8月31日生まれ)
アイルランド・ダブリン出身のプロゴルファー。
身長185cm、体重83kg。

2006年度のヨーロッパ・ゴルフツアーで、初めて賞金ランキング1位(賞金王)になり、同年11月の「ダンロップ・フェニックス選手権」で優勝した。
これまでにヨーロッパ・ツアーで通算10勝、アメリカPGAツアーで2勝を挙げ、国際試合はこのダンロップ・フェニックスが初優勝になった。

トッド・ハミルトン

トッド・ハミルトン

トッド・ハミルトン(Todd Hamilton, 1965年10月18日生まれ)
アメリカ・イリノイ州出身のプロゴルファー。

2004年の全英オープンゴルフ優勝者である。
1992年から2003年まで12年間日本ゴルフツアーを回り、その間に日本で「11勝」を挙げた。

アーノルド・ダニエル・パーマー

アーノルド・ダニエル・パーマー

アーノルド・ダニエル・パーマー (Arnold Daniel Palmer, 1929年9月10日生まれ)
アメリカ・ペンシルバニア州ラトローブ出身のプロゴルファー。
彼の名前に由来するファッションブランド、アーノルド・パーマー (ブランド)を指すこともある。

彼の父はクラブプロ兼グリーンキーパーであり、父の影響で7歳頃からゴルフを始めて、その素質を認められたという。
やがて1954年に、全米アマゴルフでデビューし、そのタイトルを獲得すると間もなく、プロ入りを表明した。
翌1955年に、ツアーに参加してプロゴルファーとしてデビューした。
同年にランク32位を獲り、賞金を得て、不動のゴルファーとして、その名を轟かせたという。

彼はテレビ時代の最初のスターゴルフ選手になり、競技スポーツとしてのゴルフを多くの人々に知らせた。
熱心なファンが非常に多く、彼らの集団のことをアーニーズ・アーミーと呼ばれるほどである。

ラリー・ネルソン

ラリー・ネルソン

ラリー・ネルソン(Larry Nelson, 1947年9月10日生まれ)
アメリカ・アラバマ州出身のプロゴルファー。

1981年と1987年の全米プロゴルフ選手権と1983年の全米オープンで優勝し、メジャー大会「3勝」を挙げた名プロゴルファーである。
アメリカPGAツアーではメジャー大会3勝を含む通算10勝、国際試合で5勝を挙げたが、そのうち3勝が日本のトーナメントであった。
50歳以上の選手によるシニアツアー(チャンピオンズ・ツアー)へ移ってからは19勝を記録している。

日本のトーナメントと相性が良く、1980年の東海クラシック、1989年のサントリーオープン、1991年のダンロップ・フェニックス選手権で優勝した。
1997年9月から、50歳になったネルソンは戦いの場を「チャンピオンズ・ツアー」へ移し、そこでレギュラー・ツアー時代を上回る「19勝」を記録した。
2006年に世界ゴルフ殿堂入りを果たしている。

バイロン・ネルソン

バイロン・ネルソン

バイロン・ネルソン(Byron Nelson, 1912年2月4日 - 2006年9月26日)
アメリカ・テキサス州ロングビーチ出身のプロゴルファー。
ベン・ホーガン、サム・スニードと同じく1912年生まれで、彼らと並ぶ偉大なゴルファーであった。

ネルソンはPGAツアーで通算「52勝」を記録し、メジャー大会でもマスターズ2勝、全米オープン1勝、全米プロゴルフ2勝、総計「5勝」を果たした。
1945年には年間「11連勝」を含む18勝を挙げ、これらの記録は2006年10月現在もいまだ破られていない。
また、「113試合」連続予選通過の記録は、2003年10月にタイガー・ウッズによって破られるまでトップだった。

1946年を最後にツアーから引退したが、その後もマスターズには出場し続け、長年スターターを務めた。
1974年に世界ゴルフ殿堂が設立された際に殿堂入り。
晩年は彼の名前を冠したPGAツアー大会「バイロン・ネルソン・クラシック」のホストを務めた。
2006年9月26日、老衰のため94歳で死去。

ジャック・ウィリアム・ニクラス

ジャック・ウィリアム・ニクラス

ジャック・ウィリアム・ニクラス(Jack William Nicklaus、1940年1月21日生まれ)
アメリカ・オハイオ州コロンバス出身のドイツ系の世界的なプロゴルファー。

1960年代から1990年代にかけて活躍した。アーノルド・パーマーとともに、ゴルフをメジャースポーツにする牽引力となった人物。
圧倒的な強さと、トレードマークの金髪により「ゴールデン・ベア」(熊)と称され、日本では「帝王」と呼ばれた。

デビッド・トムズ

デビッド・トムズ

デビッド・トムズ(David Toms, 1967年1月4日生まれ)
アメリカ・ロサンゼルス出身のプロゴルファー。

2001年の全米プロゴルフ選手権優勝者である。
世界ランキング自己最高位は5位。

2001年の全米プロゴルフ選手権でメジャー初優勝を達成した時、第3ラウンドの最終組を日本の片山晋呉選手と一緒に回った。
トムズが15番ホール(パー3)でホールインワンを決めると、最終18番ホールで片山の第2打が“水切りショット”の奇跡を起こし、この最終組が大会3日目を大いに盛り上げた。
片山は結局4位タイで終わったが、かぶっていた帽子から「カウボーイ・シンゴ」という愛称で呼ばれ、アメリカでも一躍人気者になる。
その片山の活躍を引き出したのがトムズだった。

ジョン・デーリー

ジョン・デーリー

ジョン・デーリー(John Daly, 1966年4月28日生まれ)
アメリカ・カリフォルニア州カーマイケル出身のプロゴルファー。
身長180cm、体重100kg。

1991年の全米プロゴルフ選手権と1995年の全英オープンで優勝し、メジャー大会に2勝を挙げた。

巨体から繰り出す豪快なドライバー・ショットが最大の持ち味で、プロゴルフ界でも屈指の“飛ばし屋”として有名な選手である。
奔放で破天荒なキャラクターの持ち主としても高い人気を持っている。
これまでにPGAツアーで通算5勝を挙げる。

クリス・ディマルコ

クリス・ディマルコ

クリス・ディマルコ(Chris DiMarco, 1968年8月23日生まれ)
アメリカ・ニューヨーク州ハンティングトン出身のプロゴルファー。

ゴルフメジャー大会でも優勝争いの常連選手のひとりで、2004年全米プロゴルフ選手権、2005年マスターズ、2006年全英オープンで2位入賞が3度ある。
世界ランキング自己最高位は6位。
これまでにPGAツアーで通算3勝を挙げ、ヨーロッパ・ゴルフツアーでも1勝している。
独特なクローハンド・グリップのパターでも有名な選手である。

デビッド・スメイル

デビッド・スメイル

デビッド・スメイル(David Smail, 1970年5月20日生まれ)
ニュージーランド出身のプロゴルファー。
身長195cm、体重78kg。

主に日本ゴルフツアーで活躍し、日本では通算「5勝」を挙げている。

ホートン・スミス

ホートン・スミス

ホートン・スミス(Horton Smith, 1908年5月22日 - 1963年10月15日)
アメリカ・ミズーリ州スプリングフィールド出身のプロゴルファー。

1934年に創設されたマスターズゴルフトーナメントで第1回大会の優勝者になり、2年後の1936年にも優勝した。
他にもPGAツアーで通算28勝、世界各国の国際試合で7勝を挙げ、プロゴルファーとして通算「37勝」を記録した名選手である。

ゴルフクラブの一種である「サンドウェッジ」を競技大会で最初に使用した選手は、このスミスが最初だと言われている。
身長190cmほどの長身でありながら、体重は70kgほどで、細身の体格の選手だった。

ペイン・スチュワート

ペイン・スチュワート

ペイン・スチュワート(Payne Stewart, 1957年1月30日 - 1999年10月25日)
アメリカ・ミズーリ州スプリングフィールド出身のプロゴルファー。

メジャー大会に3勝を挙げた実力者だったが、1999年の全米オープン優勝からわずか4ヶ月後に、飛行機事故のため42歳で急逝した。
PGAツアーで通算11勝、国際試合で合計7勝を挙げる。

スチュワートはいつもタモ・シャンターの帽子とニッカーズの半ズボンをまとい、誰からも見分けがつく風貌とスタイルの持ち主だった。
母国アメリカに対する愛国心が強かったことでも知られ、ゴルフウェアに米国国旗をあしらうことも多かった。

クレイグ・スタドラー

クレイグ・スタドラー

クレイグ・スタドラー(Craig Stadler 1953年6月2日生まれ)
アメリカカリフォルニア州出身のプロゴルファー。

南カリフォルニア大学卒業後、プロゴルファーに転向。
主に米国のゴルフツアーで活躍し、通称・セイウチとして親しまれた。

PGAなど通算12勝以上を挙げており、メジャー大会では1982年の「マスターズゴルフトーナメント」で優勝し、日本のゴルフツアーでは1987年の「ダンロップ・フェニックス選手権」でも優勝した。
2006年現在は米国のシニアツアー(チャンピオンズツアー)で活躍している。
息子のケビン・スタドラーもプロゴルファーとして米国中心に活躍している。

アダム・スコット

アダム・スコット

アダム・スコット(Adam Scott, 1980年7月16日生まれ)
オーストラリア・アデレード出身のプロゴルファー。

同じ年にあたるセルヒオ・ガルシアなどと並び、若手男子プロゴルファーの中で最も顕著な活躍を見せてきた選手のひとりである。
2006年10月末にアメリカPGAツアーの年間最終戦「PGAツアー選手権」で初優勝を遂げ、世界ランキングでも自己最高の3位に躍進した。
これまでにヨーロッパ・ゴルフツアーで5勝、アメリカで5勝を挙げている。

早くからタイガー・ウッズに強い憧れを抱き、(以前ウッズのコーチを務めていた)ブッチ・ハーモンに師事していることから「ホワイト・タイガー」(White Tiger)と呼ばれることもある。

ボビー・ジョーンズ

ボビー・ジョーンズ

ボビー・ジョーンズ(Bobby Jones, 本名 ロバート・タイアー・ジョーンズ・ジュニア, Robert Tyre Jones, Jr., 1902年3月17日 - 1971年12月18日)
アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ市生まれのゴルファー。
弁護士でもある。

その自制心に富むプレー態度から、球聖(きゅうせい)と呼ばれる。
生涯、アマチュアを貫いたことでも有名である。

ジーン・サラゼン

ジーン・サラゼン

ジーン・サラゼン(Gene Sarazen, 1902年2月27日 - 1999年5月13日)
アメリカ・ニューヨーク州ハリソン出身のプロゴルファー。

1920年代から1930年代にかけて活躍し、プロゴルファーとして史上初の「キャリア・グランドスラム」を達成した名選手である。
また、ゴルフの技術革新にも大きく貢献し、「サンドウェッジ」の発明者としても知られている。

晩年には彼の名前を冠した「ジーン・サラゼン・ジュンクラシック」で毎年日本を訪れていたことから、他のゴルフの歴史的選手に比べて、日本でも馴染み深い人であった。
イタリアからの移民の家庭に生まれたため、本名は「エウゲニオ・サラセニ」(Eugenio Saraceni)という。

ダレン・クラーク

ダレン・クラーク

ダレン・クラーク(Darren Clarke, 1968年8月14日生まれ)
北アイルランドのプロゴルファー。

世界ゴルフ選手権シリーズで2勝を挙げた選手で、2000年の「アクセンチュア・マッチプレー選手権」と2003年の「NEC招待選手権」で優勝した。
主にヨーロッパ・ゴルフツアーで活躍している。
世界ランキング自己最高位は8位。

レティーフ・グーセン

レティーフ・グーセン

レティーフ・グーセン(Retief Goosen, 1969年2月3日生まれ)
南アフリカ出身のプロゴルファー。

2001年と2004年の2度、全米オープンで優勝した実力者である。
同じ南アフリカ出身のアーニー・エルスとは若い頃からのライバルであり、親友でもある。
世界ランキング自己最高位は3位。

マイケル・キャンベル

マイケル・キャンベル

マイケル・キャンベル(Michael Campbell, 1969年2月23日生まれ)
ニュージーランドのプロゴルファー。

2005年の全米オープンゴルフ優勝者で、当地のプロゴルファーとして史上2人目のメジャー大会優勝者となった。

セルヒオ・ガルシア

セルヒオ・ガルシア

セルヒオ・ガルシア(Sergio García, 1980年1月9日生まれ)
スペインのプロゴルファー。

El Niño(エルニーニョ)というニックネームでよく知られている。
日本語訳で「神の子」と呼ばれることが多いが、実際には「暴れん坊」という意味である。
奔放なパフォーマンスを披露する早熟ゴルファーとして高い人気を持つ。
世界ランキング自己最高位は4位。

アンヘル・カブレラ

アンヘル・カブレラ

アンヘル・カブレラ(Ángel Cabrera, 1969年9月12日生まれ)
アルゼンチン・コルドバ出身のプロゴルファー。
身長183cm、体重95kg。

大きな身体から繰り出す飛距離を最大の持ち味とする選手で、「アヒル」を意味する“El Pato”(エル・パト)というニックネームで呼ばれている。
プロゴルフ界でも屈指の“飛ばし屋”タイプのひとりとして知られ、ヨーロッパ・ゴルフツアーの「ドライバー平均飛距離」で1位をマークしてきた。

これまでにヨーロッパ・ゴルフツアーで通算3勝、国際試合で11勝を挙げている。
世界ランキング自己最高位は9位。
ゴルフメジャー大会の主な成績は、2001年全米オープン7位、2006年マスターズ8位、2006年全英オープン7位などがある。

ホセ・マリア・オラサバル

ホセ・マリア・オラサバル

ホセ・マリア・オラサバル(José Maria Olazábal, 1966年2月5日生まれ)
スペインのプロゴルファー。
身長178cm、体重78kg。

1994年と1999年の2度、マスターズで優勝した。
ヨーロッパ・ゴルフツアーで通算21勝、アメリカPGAツアーでマスターズを含む6勝を挙げ、日本でも1989年と1990年の「三井住友VISA太平洋マスターズ」で大会2連覇を記録している。

オラサバルは長年にわたり、スペイン国内にある多数のゴルフコースの設計も手がけている。

マーク・オメーラ

マーク・オメーラ

マーク・オメーラ(Mark O'Meara, 1957年1月13日生まれ)
アメリカ・ノースカロライナ州出身のプロゴルファー。


1998年にマスターズと全英オープンで優勝し、メジャー大会年間2冠を獲得した。
世界ランキング自己最高位は2位。
アメリカPGAツアーで通算16勝、国際試合で8勝を挙げる。
日本ゴルフツアーでも1985年の「フジサンケイクラシック」と1992年の「東海クラシック」で優勝がある。


オメーラの自宅はフロリダ州オーランドにあり、タイガー・ウッズの家とはご近所である。
そのため、オメーラはウッズにとって親友であり、ツアーでもオメーラとウッズは行動をともにすることが多い。
現在ではオメーラは「ウッズの親友」としてよく知られるようになった。

ジェフ・オギルビー

ジェフ・オギルビー

ジェフ・オギルビー(Geoff Ogilvy, 1977年6月11日生まれ)
オーストラリア・アデレード出身のプロゴルファー。
身長188cm、体重82kg。

2006年の全米オープンゴルフ優勝者になり、世界ランキングも自己最高の7位に躍進した。
イギリス王室の「アングス・オギルビー」の遠縁である。

リー・ウエストウッド

リー・ウエストウッド

リー・ウエストウッド(Lee Westwood, 1973年4月24日生まれ)
イギリスのプロゴルファー。
身長183cm、体重89kg。

2000年にヨーロッパ・ゴルフツアーの賞金王(賞金ランキング1位)になった。

マイク・ウェア

マイク・ウェア

マイク・ウェア(Mike Weir, 1970年5月12日生まれ)
カナダ・オンタリオ州出身のプロゴルファー。

2003年のマスターズ・トーナメント優勝者で、カナダ人のプロゴルファーとして初のメジャー大会優勝者となった。
左打ちのレフティ。

横田真一(よこた しんいち)

横田真一

横田真一(よこた しんいち、1972年2月6日生まれ)
東京都出身のプロゴルファー。
茨城県水城高等学校、専修大学卒業。
身長167cm、体重74kg。

日本ゴルフツアー通算1勝。
妻はタレントの穴井夕子。

横尾要(よこお かなめ)

横尾要

横尾要(よこお かなめ、1972年7月24日生まれ)
東京都出身のプロゴルファー。
東京学館浦安高校卒業。
日本大学卒業。
身長176cm、体重75kg。

日本ゴルフツアー通算5勝。
2001年末にタレントのかとうれいこと結婚。

矢野 東(やの あずま)

矢野 東

矢野 東(やの あずま、1977年7月6日生まれ)
群馬県出身のプロゴルファー。
サイバーエージェント所属。
日本大学卒業。

室田 淳(むろた きよし)

室田 淳

室田 淳(むろた きよし、1955年7月26日生まれ)
群馬県出身のプロゴルファー。
日本体育大学卒業。
身長180cm。体重80kg。
血液型B型。

宮本 勝昌(みやもと かつまさ)

宮本 勝昌

宮本 勝昌(みやもと かつまさ, 1972年8月28日生まれ)
静岡県出身のプロゴルファー。
日本大学卒業。
身長174cm、体重76kg。
日本ゴルフツアー通算5勝。


13歳からゴルフを始める。
中学3年生の時に「全日本ジュニアゴルフ選手権」で3位に入り、日本大学のゴルフ部では片山晋呉、横尾要と同期のライバルだった。
宮本は大学1年生の時に「日本アマチュアゴルフ選手権」で、同じ日本大学の先輩丸山茂樹を破って優勝したことがある。

宮瀬 博文(みやせ ひろふみ)

宮瀬 博文

宮瀬 博文(みやせ ひろふみ、1971年4月11日生まれ)
日本のプロゴルファー。
広島県生まれ、千葉県育ち。
身長171cm、体重71kg。

宮里優作(みやざと ゆうさく)

宮里優作

宮里優作(みやざと ゆうさく、 1980年6月19日生まれ)
沖縄県国頭郡東村出身のプロゴルファー。
東北福祉大学卒業。
血液型はA型。
趣味は映画鑑賞とスポーツ観戦。

レッスンプロである宮里優の次男で、兄の宮里聖志、妹の宮里藍もプロゴルファーという、ゴルフ一家である。
父の教えの下3歳からゴルフを始め、アマチュアゴルフ界の数々のビッグタイトルを獲得する。

細川和彦(ほそかわ かずひこ)

細川和彦

細川和彦(ほそかわ かずひこ, 1970年12月28日生まれ)
茨城県出身のプロゴルファー。

星野 英正(ほしの ひでまさ)

星野 英正

星野 英正(ほしの ひでまさ、1977年9月19日生まれ)
宮城県出身の男性プロゴルファー。
東北福祉大学卒業。
血液型はB型、趣味は手品、ビリヤード。

学生アマチュアゴルファーとして大小合わせて53のタイトルを獲得し、谷原秀人や宮里優作らと共に東北福祉大学ゴルフ部の名を知らしめる幾多の活躍の後、2000年4月20日にキリンオープンでプロデビューを果たす。

深堀 圭一郎(ふかぼり けいいちろう)

深堀 圭一郎

深堀 圭一郎(ふかぼり けいいちろう, 1968年10月9日生まれ)
東京都出身の男子プロゴルファー。
明治大学文学部卒業。

フォーラムエンジニアリング所属。
2006年2月、元TBSアナウンサーの進藤晶子と結婚。
2006年のダンロップフェニックス・トーナメントではタイガー・ウッズ、パドレイグ・ハリントンらと1打差の3位と好成績を残した。
2007年より日本ゴルフツアー機構(JGTO)の選手会長に就任。

波当根 弓彦(はとね ゆみひこ)

波当根 弓彦

波当根 弓彦(はとね ゆみひこ、1977年4月14日生まれ)
鳥取県出身のプロゴルファー。
身長181cm、体重76kg。
血液型はB型。
8歳よりゴルフを始める。

羽川 豊(はがわ ゆたか)

羽川 豊

羽川 豊(はがわ ゆたか, 1957年12月8日生まれ)
栃木県出身のプロゴルファー。

日本では数少ないレフティ(左打ち)のゴルファーである、最終学歴は専修大学卒業。
アメリカの選手や関係者から「現役では最高のレフティだ」と絶賛された。
日本では「世界のレフティ」と呼ばれた。

友利 勝良(ともり かつよし)

友利 勝良

友利 勝良(ともり かつよし, 1954年10月25日生まれ)
沖縄県出身のプロゴルファー。
身長174cm、体重73kg。
宮古水産高等学校卒業。

日本人のプロゴルファーとして、初めてヨーロッパ・ゴルフツアーに4年間フル参戦した選手である。
日本ゴルフツアー通算7勝。

手嶋 多一(てしま たいち)

手嶋 多一

手嶋 多一(てしま たいち, 1968年10月16日生まれ)
福岡県出身のプロゴルファー。
7歳からゴルフを始める。

日本ゴルフツアーで「5勝」を挙げているが、その中には2001年の日本オープン選手権が含まれている。

谷原 秀人(たにはら ひでと)

谷原 秀人

谷原 秀人(たにはら ひでと、1978年11月16日生まれ)
広島県尾道市出身のプロゴルファー。
身長178cm、体重77kg。

これまでに日本ゴルフツアーで通算4勝を挙げている。
“次代のリーダー”と評される大型プレーヤーである。
青木功のキャディーなども経験している。

谷口 徹(たにぐち とおる)

谷口 徹

谷口 徹(たにぐち とおる, 1968年2月10日生まれ)
奈良県出身のプロゴルファー。
身長169cm、体重72kg。

2002年度の日本ゴルフツアーで賞金王(賞金ランキング1位)になった。
同志社大学卒業。これまでに日本ゴルフツアーで「10勝」を挙げている。

トレードマークは、分厚いサングラスの眼鏡と、勝負所を決めた時に見せるガッツポーズである。
そのガッツポーズから「和製タイガー」(Japanese Tiger)と呼ばれることがある。

田中 秀道(たなか ひでみち)

田中 秀道

田中 秀道(たなか ひでみち, 1971年3月29日生まれ)
広島県広島市出身のプロゴルファー。
身長166cm、体重62kg。

小柄な体格ながら、力強いスイングには定評がある。

田島 創志(たじま そうじ)

田島 創志

田島 創志(たじま そうじ, 1976年9月25日生まれ)
群馬県高崎市出身のプロゴルファー。

パンチの効いた豪快なスイングから繰り出される力強いショットでファンを魅了している。
群馬県立高崎高等学校、日本大学卒業。

高橋 勝成(たかはし かつなり)

高橋 勝成

高橋 勝成(たかはし かつなり、高勝成、1950年8月5日生まれ)
北海道旭川市出身のプロゴルファー。

「マッチプレーの鬼」の異名を持ち、特に1987年度日本プロゴルフマッチプレー選手権での尾崎将司との決勝は、日本ゴルフ史上に残る名勝負と言われる。

鈴木 亨(すずき とおる)

鈴木 亨

鈴木 亨(すずき とおる、1966年5月28日生まれ)
岐阜県岐阜市出身のプロゴルファー。
身長178cm。
体重80kg。
血液型はB型。

ゴルフ練習場を経営する父親・鈴木基之の影響を受け小学生のころからゴルフを始め、中学生のころにはプロゴルファーを目指し父親からスパルタ教育を受けていた。

高校は、ゴルフ部のある高校が岐阜になかったため名古屋市の愛工大名電を経て、日本大学へ進学。

日大では、ゴルフ部主将を務めた。
川岸良兼は同い年で、ジュニア時代からのライバル。
ゴルフ用品は、学生時代からミズノを愛用している。

娘はハロー!プロジェクト・キッズ(℃-ute)の鈴木愛理。

すし石垣(すし いしがき)

すし石垣

すし石垣(すし いしがき、本名:石垣聡志(いしがき さとし)、1974年2月18日生まれ)
埼玉県出身のプロゴルファー。
ゴルフパートナーと所属契約を結んでいる。


日本のプロとしてデビューする前から、アメリカのミニツアーやアジアツアーで活動していた。
その時「Satoshi(さとし)」ではいい難いということから、アジアツアーで活躍のアンディー・和田選手の勧めで「Sushi(すし)石垣」としてエントリー。
Sushiという名前には、「すしは日本を代表する食べ物。
ぼくも日本だけで終わりたくない」という石垣の心意気がこめられている。

杉原 輝雄(すぎはら てるお)

杉原 輝雄

杉原 輝雄(すぎはら てるお, 1937年6月14日生まれ)
大阪府出身のプロゴルファー。

約50年に渡って現役を続行してきた存在感の大きさから、“日本プロゴルフ界のドン”と呼ばれている。


練習量の多さはゴルフ界では有名であり、杉原の練習熱心な姿を見て育った関西出身のプロゴルファーも少なくない。

また、
先進的な道具に対しても積極的に取り入れ、特に162cmとプロスポーツ選手としては小柄な体格をカバーするために、1990年代にはドライバーのシャフトを徐々に長くして47インチドライバーにも取り組んだ、長尺ドライバーの先駆者でもある。

近藤智弘(こんどう ともひろ)

近藤智弘

近藤智弘(こんどう ともひろ 1977年6月17日生まれ)
愛知県東海市出身のプロゴルファー。

身長167cm・体重60kg・血液型B型。
最終学歴は専修大学卒業。


12歳からゴルフを始める。
東京学館浦安高等学校に在学中、日本ジュニアで優勝をする。1998年のアジア大会では個人・団体ともに金メダルを獲得する。
2000年ツアープロに転向する。
その年の4月つるやオープンでツアーデビューをする。

2006年5月11〜14日の日本プロゴルフ選手権で友利勝良とのプレーオフを制し、ツアー初優勝。
国内メジャーでの達成となった。

体格は小柄ながらドライバーで300ヤード近く飛ばすのが特徴。

桑原 克典(くわばら かつのり)

桑原 克典

桑原 克典(くわばら かつのり、1969年(昭和44年)4月4日生まれ)
愛知県出身の日本のプロゴルファー。

身長 172cm 体重 71kg 血液型 A型。
愛知学院大学卒。
ミズノ所属

大学時代には全日本学生王座決定戦 全日本パブリック選手権で優勝を飾り、1992年にプロ転向。ツアー2勝を上げている。

倉本 昌弘(くらもと まさひろ)

倉本 昌弘

倉本 昌弘(くらもと まさひろ、1955年9月9日生まれ)
広島県広島市三篠町(現・西区三篠町)出身のプロゴルファー。

日本大学卒業。
身長164〓、体重66kg。
「AON」とともに、1980年代のゴルフブームを興した名選手である。

金子 柱憲(かねこ よしのり)

金子 柱憲

金子 柱憲(かねこ よしのり、1961年3月4日生まれ)
東京都出身のプロゴルファー。
身長173cm、体重76kg。

日本大学高等学校、日本大学経済学部卒。
血液型O型。
芸能活動のマネジメントはフェイスネットワークが行っている。
愛称は名前を音読みした「ちゅうけん」。

俳優で総合格闘家の金子賢は甥にあたる。

片山晋呉(かたやま しんご)

片山晋呉

片山晋呉(かたやま しんご、1973年1月31日生まれ)
茨城県筑西市(旧下館市)出身のプロゴルファー。

子供のころ、ゴルフ場経営者の父の影響でゴルフを始め、5歳でラウンドデビュー。
それ以後もゴルフの英才教育を受け、茨城県内屈指のゴルフの名門校である水城高等学校から日本大学に進学。
日本アマチュア選手権優勝、日本オープン選手権・ベストアマチュア賞などを獲得する。

トレードマークはテンガロンハット。
ツアー競技で優勝するたびに様々なパフォーマンスを繰り広げることでも知られる。
2001年、全米プロゴルフ選手権で4位入賞。
この時アメリカのゴルフファンにも「カウボーイ・シンゴ」という愛称で呼ばれた。

尾崎 直道(おざき なおみち)

尾崎 直道

尾崎 直道(おざき なおみち、1956年5月18日生まれ)
徳島県出身のプロゴルファー。
愛称はジョー。

同じくプロゴルファーで兄の尾崎将司、尾崎健夫と3人で「尾崎3兄弟」と呼ばれる。
千葉日本大学第一高等学校出身。

尾崎 健夫(おざき たてお)

尾崎 健夫

尾崎 健夫(おざき たてお、1954年1月9日生まれ)
徳島県出身のプロゴルファー。
通称はジェット、あるいは姓を続けてジェット尾崎。
弟は尾崎直道。

ジャンボ尾崎こと尾崎将司の弟であり、プロゴルファーとして知られているが、甲子園で優勝した兄と同じく海南高校(徳島県海南町)時代は野球部のエースとして活躍した。

江連忠(えづれ ただし)

江連忠

江連忠(えづれ ただし、1968年9月30日生まれ)
東京都中野区出身のプロゴルフ選手。

レッスン・オブ・ザ・イヤー(最優秀レッスンプロ)を受賞するなど、ティーチングプロの第一人者として知られるようになった。
江連の門下生「チーム・江連」には諸見里しのぶ、星野英正らがいる。

今野 康晴(いまの やすはる)

今野 康晴

今野 康晴(いまの やすはる, 1973年5月28日生まれ)
岐阜県出身のプロゴルファーである。

日本大学卒業。
日本ゴルフツアー通算6勝。

今田 竜二(いまだ りゅうじ)

今田 竜二

今田 竜二(いまだ りゅうじ、1976年10月19日生まれ)
広島県三原市出身のプロゴルファー。

他の日本人プロゴルファーに比べると異色の経歴の持ち主で、14歳からアメリカに在住してゴルフの腕を磨き、PGAツアーの2軍組織である「ネーションワイド・ツアー」(Nationwide Tour)で修業を積んできた選手である。
2005年からPGAレギュラー・ツアーに参戦を開始した。

伊澤 利光(いざわ としみつ)

伊澤 利光

伊澤 利光(いざわ としみつ、1968年3月2日生まれ)
神奈川県鎌倉市出身のプロゴルファー。

ゴルフ場経営者である父親の手ほどきを受けて、8歳からゴルフを始める。
身長169cmの小柄な身体から繰り出されるスイングの美しさには定評がある。
プロゴルファーでも伊澤のスイングに憧れる人たちが多い。
なお、日本国内ツアーにおいては2005年までは登録名を「伊沢利光」としていたが2006年から「伊澤利光」としている。

青木功(あおき いさお)

青木功

青木功(あおき いさお、1942年8月31日生まれ)
千葉県我孫子市出身のプロゴルファー。

日本プロゴルフツアー終身シード保持者。

芹沢 信雄(せりざわ のぶお)

芹沢 信雄

芹沢 信雄(せりざわ のぶお 1959年11月10日生まれ)
静岡県出身のプロゴルファー。
身長173cm、体重68kg、血液型AB型。

御殿場西高等学校卒。
兄は俳優の芹沢名人。
18歳からゴルフを始め、1982年にプロテストに合格する。
趣味はスキー(高校時代に国体に出場したことがあるほど)。サンエー・インターナショナル所属。既婚。2児の父。

川岸 良兼(かわぎし りょうけん)

川岸 良兼

川岸 良兼(かわぎし りょうけん, 1966年12月6日生まれ)
石川県出身のプロゴルファー。


日本大学卒業。身長180cm、体重88kgの大型選手。
師匠は尾崎将司で、いわゆる「ジャンボ軍団」(尾崎の指導を受けながら、一緒に練習する弟子たちの集団)のひとりである。

これまでに日本ゴルフツアーで「6勝」を挙げている。

尾崎 将司(ジャンボ尾崎)

尾崎 将司

尾崎 将司(おざき まさし、本名・正司、1947年1月24日生まれ)
徳島県海部郡宍喰町(現・海陽町)出身のプロゴルファー。


「ジャンボ尾崎」の別名でもよく知られる。
公式ゴルフランキングでも“Masashi Jumbo Ozaki”と表記された。
[1] 世界ランキングの自己最高位は8位。

尾崎は長年にわたり日本のゴルフ界をリードした選手で、ライバルの青木功、中嶋常幸と並び称されて「AON」時代を築いてきた。

また弟の健夫(ジェット尾崎)、直道(ジョー尾崎)らと「ジャンボ軍団」を結成し、後輩プロゴルファーの指導にも熱心に携わっている。

中嶋 常幸(なかじま つねゆき)

中嶋 常幸

中嶋 常幸(なかじま つねゆき、1954年10月20日生まれ)
群馬県出身のプロゴルファー。

ライバルの青木功、尾崎将司とともに日本男子プロゴルフ界を代表する名選手で、3人の姓を合わせて「AON時代」を築いた。

10歳からゴルフを始める。樹徳高等学校を中退し、1975年12月にプロ入り。

1976年に「ゴルフダイジェスト」大会で日本ツアー初優勝を飾る。

丸山茂樹(まるやましげき)

丸山茂樹

丸山茂樹(まるやましげき、 1969年9月12日生まれ)
千葉県市川市出身のプロゴルファー。


その明るい性格からマルちゃんの愛称で親しまれる。

海外メディアは「Smiley」の愛称で呼ばれ、笑顔と対照的なプレイスタイルの繊細さから「Smiling Assassin(笑顔の暗殺者)」と呼ばれることもある。

身長は169センチと小柄な体格ながら、勝負強いゴルフには定評がある。
趣味はスポーツ観戦、ドライブ。

トム・レーマン

トム・レーマン

トム・レーマン(Tom Lehman, 1959年3月7日生まれ)
アメリカ・ミネソタ州オースチン出身のプロゴルファーである。


1996年の全英オープン優勝者で、この年にPGAツアーの年間賞金王(賞金ランキング1位)になった。

1997年4月21日-27日の1週間のみであったが、世界ランキング1位のポジションにいたこともあった。

これまでにPGAツアーで通算5勝、国際試合で2勝を挙げているが、1993年に日本の「カシオ・ワールド・オープン」で優勝したこともある。

ベルンハルト・ランガー

ベルンハルト・ランガー

ベルンハルト・ランガー(Bernhard Langer, 1957年8月27日生まれ)
旧西ドイツ・アンハウゼン出身のプロゴルファーである。
身長173cm、体重73kg。


1985年と1993年の2度、マスターズ・トーナメントで優勝し、ドイツ人のゴルファーとして最初のメジャー大会優勝者になった。

世界ゴルフランキング制度が発足した時、最初の世界ランキング1位になった選手でもある。

ヨーロッパのプロゴルフ界を代表する重鎮として、長年にわたり幅広い尊敬を集めてきた。

これまでにヨーロッパ・ゴルフツアーで「42勝」を挙げ、うちドイツ国内では「11勝」を挙げている。

ニック・プライス

ニック・プライス

ニック・プライス(Nick Price, 1957年1月28日生まれ)
ジンバブエのプロゴルファーである。


1990年代を代表するゴルファーの1人として、メジャー大会に通算「3勝」を挙げた名選手である。

1993年と1994年の2年連続でアメリカPGAツアー賞金王(賞金ランキング1位)になり、1994年は世界ランキングでも年間最終ランキング1位に輝いた。
PGAツアーでメジャー3勝を含む通算18勝、国際試合で24勝を挙げる。

ニック・ファルド

ニック・ファルド

ニック・ファルド(Nick Faldo, 1957年7月18日生まれ)
イギリスのプロゴルファー。

マスターズと全英オープンにそれぞれ3勝を挙げ、メジャー大会「6勝」を記録した名選手である。
世界ランキング1位にも通算「97週」在位した。

ヨーロッパ・ゴルフツアーで30勝、アメリカPGAツアーで9勝、国際試合で4勝を挙げる。

(全英オープンゴルフはヨーロッパ・ツアーとアメリカPGAツアーの両方で優勝回数に数えるため、ファルドの場合は3度の全英優勝が重複記録になる。したがって、生涯通算で40勝を挙げたことになる。)

セベ・バレステロス、バジェステロス

セベ・バレステロス、バジェステロス

セベ・バレステロス、バジェステロス(Severiano Ballesteros, 1957年4月9日生まれ)
カンタブリア州 (スペイン) 出身のプロゴルファー。
本名はセベリアーノ・バレステロス(Severiano Ballesteros)というが、ほとんどいつも愛称の「セベ」で呼ばれていた。

1974年に17歳でプロに転向し、主に欧州ツアーで活躍した。
1979年・1984年・1988年の全英オープン3度優勝、1980年・1983年のマスターズ2度優勝し、メジャー大会通算「5勝」を挙げた。
世界ランキング1位も通算「61週」保持したことがある。

日本ではサッポロ「黒ラベル」のCMに出演したこともあり、多くのゴルフファンに浸透した時期もあった。
日本オープン選手権にも1977年・1978年の大会2連覇がある。

1997年に、バレステロスはニック・ファルドとともに世界ゴルフ殿堂入りを果たしした。

グレグ・ノーマン

グレグ・ノーマン

グレグ・ノーマン(Greg Norman, 1955年2月10日)
オーストラリア・クイーンズランド・マウントアイザ出身のプロゴルファー。


“White Shark”(ホワイト・シャーク)というニックネームでよく知られている。
1976年にプロ入りし、長年にわたりオーストラリアのゴルフ界をリードしてきた。
アメリカPGAツアーでは20勝、世界各国の国際試合では合計68勝を挙げた名選手である。
ゴルフ世界ランキング1位も通算「331週」保持した。

デビッド・デュバル

デビッド・デュバル

デビッド・デュバル(David Duval, 1971年11月9日 - )
アメリカ・フロリダ州ジャクソンビル出身のプロゴルファー。


2001年の全英オープンゴルフ優勝者である。
1999年3月から8月にかけて世界ランキング1位の座にいたこともあった。
アメリカPGAツアーで「13勝」を挙げているが、現時点では2001年全英オープンが最後のPGAツアー優勝になっている。
父親のボブ・デュバル(Bob Duval)もプロゴルファーである。

ビジェイ・シン

ビジェイ・シン

ビジェイ・シン(Vijay Singh, 1963年2月22日 - )
フィジー諸島共和国出身のプロゴルファーである。


1982年にプロ転向したが、世界各地のツアーを回りながら長期間の下積み生活(オーストラリアPGAツアーとアジアンゴルフサーキット(現アジアツアー)から追放処分を受けた経歴がある。)を経てきた選手である。

1998年の全米プロゴルフ選手権にて、35歳にしてメジャー大会初優勝を果たす。
2004年9月に、5年以上トップだったタイガー・ウッズを抜いて世界ランキング1位となった。
メジャー大会に3勝を挙げた実力者である。
2007年1月7日には「メルセデス・ベンツ選手権」で優勝し40代での18勝目をあげ、故サム・スニードの17勝を抜くツアー新記録を樹立した。

アーニー・エルス

アーニー・エルス

アーニー・エルス(Ernie Els, 1969年10月17日生まれ)
南アフリカ出身のプロゴルファー。


1989年にプロ転向。
テニスなど他種のスポーツでも才能があったが、その中からゴルフを職業に選んだ。
初期は主に南アフリカのツアーで活躍し、1993年の「ダンロップ・フェニックス選手権」で優勝している。
1994年の全米オープンでメジャー大会初優勝を達成。
その時はコリン・モンゴメリー、ローレン・ロバーツとの3人によるプレーオフを制した(全米オープンのプレーオフは、最終ラウンドの終了後もう1日[18ホール]ラウンドするシステムになっている)。
この優勝を機に米国・欧州ツアーに本格参戦し始める。1997年に全米オープンで3年ぶり2度目の優勝を飾った。

1998年前半の数週間、断続的に世界ランキング1位の位置にいたことがある。
しかしこの年の後半は病気に苦しみ、しばらく試合を欠場した時期があった。
2002年の全英オープンにて、5年ぶりとなるメジャー大会3勝目を挙げた。

2001年11月、日本の太平洋ゴルフクラブ・御殿場コースで開催された世界ゴルフ選手権の「EMCワールドカップ」に南アフリカ代表として出場、レティーフ・グーセンとコンビを組んで優勝した。
この時はアメリカを含む4チームによるプレーオフを制している。

優雅なスイングとおっとりした物腰から、ゴルフファンには“The Big Easy”(ビッグ・イージー)というニックネームで呼ばれている。
ツアーでも予選落ちが少なく、安定感のある選手。

イアン・ウーズナム

イアン・ウーズナム

イアン・ウーズナム(Ian Woosnam, 1958年3月2日生まれ)
ウェールズのプロゴルファー。


1991年のマスターズ・トーナメント優勝者で、男子ゴルフの世界ランキング1位も通算「50週」保持した名選手である。

ウーズナムという姓が読みづらいことから“Woosie”(ウージー)と呼ばれている。

これまでにヨーロッパ・ゴルフツアーで28勝、国際試合で通算8勝を挙げ、マスターズを含めると総計「37勝」を記録している。

身長165cm、体重76kgで、プロゴルファーとしても小柄な体格である。

タイガー・ウッズ

タイガー・ウッズ

タイガー・ウッズ(Eldrick “Tiger” Woods, 1975年12月30日生まれ)
アメリカ・カリフォルニア州サイプレス出身のプロゴルファー。


父(アール)の手ほどきを受けて、生後9か月からゴルフを始めた。

アマチュア時代には全米ジュニア・アマチュア選手権、全米アマチュア選手権にそれぞれ前人未踏の3連覇を達成。

1996年8月27日のプロ転向からわずか10か月余りで、マスターズを含む7大会に優勝を挙げ、21歳にしてPGAツアーの史上最年少賞金王に輝いた。

2000年全米オープンから2001年マスターズまで、メジャー大会4連覇を達成。
ゴルフにおける数々の史上最年少記録を更新してきた選手になる。
彼のトレードマークとしてよく知られている赤いシャツは、トーナメントの最終日に着るものである。

“タイガー”は陸軍特殊部隊の将校だった父の命名。
ベトナム戦争で行方不明になった南ベトナム軍の戦友、フォン・グエン大佐(Nguyen Phong)を偲び、そのニックネームをもらったという。

黒人プロゴルファーの先駆者にはチャーリー・シフォード(2004年世界ゴルフ殿堂入り)やリー・エルダー、テディー・ローズなどがいるが、メジャー優勝者になった黒人選手はウッズが最初である。

エルダーは1975年に黒人ゴルファーとして初のマスターズ出場を果たした人で、1997年のウッズの初優勝の最終ラウンドに立ち会った。

ウッズは20歳代の間に、アメリカPGAツアーで「46勝」(うちメジャー大会10勝、世界ゴルフ選手権10勝を含む)、国際試合で9勝(日本の「ダンロップ・フェニックス選手権」2連覇、ドイツの「ドイツ銀行SAPオープン」3勝などを含む)、総計「55勝」を記録した、またPGAツアー出場7試合連続優勝という快挙を達成した。

PGAツアーでは、先人ジャック・ニクラスが20歳代の間に挙げた「29勝」を大きく上回った。
世界中のプロゴルファーすべてと比較しても異次元と言える図抜けたプレーぶりを見せ、豪快な飛距離や、高いパーオン率を誇り、もはや無敵と言ってよい強さを誇る名選手に成長してきた。